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究極の美を追究する芸術家は世界をどう描くのか?!
村山直儀のデジタル美術館
最新作鑑賞

日本洋画壇の鬼才村山直儀氏は、彼女の類い希な才能を惜しみ、彼女が生前から発起人となって始めた「LIVEFORLIFE美奈子基金」の趣旨に賛同し、その上で「本田美奈子の存在のすべてを5枚の作品に凝縮させようと、この2年間没頭した」と熱く語った。そ の作品は、故人の持つ個性を余すところなく活写している。まさに魂を込めた肖像画であった。ゆっくりと鑑賞ください。


アメイジング グレイス 
 (本田美奈子肖像 油彩 キャンバス 50号 2008)
美奈子オンステージ 永遠に輝く
(油彩 80号 2009)
ミューズの情熱そして誓い
(油彩 キャンバス 20号 2009)
ミューズのくつろぎ
(油彩 キャンバス 30号 2009)
ミューズの微笑
(油彩 キャンパス 4号 2009)
※上記5作品の無断使用厳禁。村山直儀(C)2009
ニーナの肖像
(村山直儀 油彩 10号 2001年)
この作品は、間違いなく、村山直儀という一人の孤高の芸術家が、2001年において到達した画境を示す最高傑作となろう。現代最高
のバレリーナ「ニーナ・アナニアシュヴィリ」との出会いを通じ、彼女の精神をこのカンバスに描き切ろうという並々ならぬ決意が、この絵
の端々から伝わってくる。(佐藤弘弥記)
「馬上の閃き」
(村山直儀 油彩 20号 2004年)
村山の新作は「馬上の閃き」と名付けられた。稀代の天才源義経が、馬上で、空前絶後の妙策を思いつく。それは、一ノ谷の谷底へ
まっしぐらに駈け落ちて、宿敵平家の敵陣中央へ背後から突入することだった。歴戦の武者を揃える味方ですら、初めは義経の乱心
かと耳を疑ったほどの作戦。しかし義経には確信があった。この妙策を思いついた閃きの瞬間を村山はかくも見事にキャンバスに再現
することに成功した。(佐藤弘弥記)
村山直儀 森の奇跡
2006年 油彩 「幸福の詩」シリーズ
村山は昨今の日本の拝金主義の横行とそれを象徴するような事件の続発に心を痛めている。このままでは、日本の美しい精神は壊滅してし
まうのではないかとさえ、思うと語った。それとまったく対比するものは何か。村山は、森のイメージを浮かべたという。「森の奇跡」と題された
作品は、「純粋な人には、祝福されるべき幸福の予兆がある」、ということを伝えたいと村山は語った。少女の背後には、森の妖精が、愛すべ
き人物の人生に祝福を与えようと、愛のまなざしを向けている。ふくよかな緑の絨毯の上に座って無邪気に文を読む少女の純真さに村山の変
わらぬロマンチシズムを観る。戌年にちなんで描かれたのだろう。(佐藤弘弥)            
文見やる少女の前途よふよふと託す未来に不安はあるも ひろや
永訣の月
村山直儀作 2002年 (油彩・カンヴァス・90.9×72.7)
永訣の月」は、芸術家村山直儀が、2002年春、執念で完成させた渾身の一作。題材は、「源義経」が奥州平泉の衣川の館(高館)で自刃して果てる前夜という設定。煌々と月光が、奥州の大河北上川に照り映えている。義経は、迫り来る運命の時を感じながら、悠然として月明 かりに照らされた奥州の山河を眺めている。己の生涯において、為すべきことは為したという強い充足感が、その超然とした表情の中に滲み出ている。実に美しく威厳に満ちた義経像である。義経はもはや傍らの鎧を身に着ける気はない。だがその背後に控える武蔵坊弁慶には、人生最後にして最大の仕事が迫っている。押し寄せてくる敵兵を防いで、主君義経を極楽往生させるという大仕事だ。二人の表情の違いに見える心理的コントラストが実に見事だ。ここに、義経と弁慶という伝説の勇者たちは、村山直儀の芸術によって、800年の時空を越えて、蘇ったのである。(佐藤弘弥)
我ら見るこの月光の高館を誰か名残りと後に偲びむ  ひろや


藤原清衡の夢」
村山直儀作 2005年春 油彩 20号
村山直儀の新作「藤原清衡の夢」は、柳の御所趾に最後に一本残ったしだれ桜を救う祈りをもって描かれた作品である。平泉の柳の御所跡が、初代清衡公の眼というフィルターを通し濃い緑色で幻想的に描かれている。古来から歌に詠まれた北上川と束稲山が観る者に何かを語りかけてくる。その中で、一本のしだれ桜が物憂げに首うなだれている。村山は、「時空を越えた感覚で描いた」とだけ語った。その短い言葉に、村山自身の平泉への深い愛とやるせない悲しみを感じた。これは人間の身勝手で日々移り変わって行く「平泉の原風景」への鎮魂画とも表すべき作品である。なぜなら、私たちはここに描かれた柳の御所跡の原風景を、村山のこの画でしか拝めなくなってしまったからだ・・・。(佐藤弘弥)
 清衡の見果てぬ夢のその中に我ら失ふ宝の在りや  ひろや
 償へば元に戻ると誰か云ふかけがえのなき山河消ゑても ひろや
希望」(若き女優の肖像)
(村山直儀 油彩30号 2004年)

村山直儀の新作「希望」(若き女優の肖像)は、信じられないほど美しい作品だ。とかく、私たちは、マリリン・モンローを、「セックスシンボル」というイメージで見がちだ。しかし村山はモンローを若き女神と見る。そしてそのうら若き女神の瞳の中に、「希望」を見い出しているのである。画家村山は昭和11年東京京橋に生まれた。敗戦後、彼が青春時代を送った昭和20年から30年代にかけて彼はアメリカの文化の虜となった。村山は語る。「ジャズやカントリーや映画など、アメリカ文化のすべてが美しく希望に満ちあふれていた」と。村山の描くマリリン・モンローは、まさに当時のアメリカそのものである。そしてこの美しき女神は、第二次大戦後、平和を謳歌しつつあった日本の若者の「希望」でもあった。私はこの村山の「希望」に、画家のノスタルジーと現代アメリカへの強いメッセージを感じとってしまう。今だ世界は戦争のど真ん中にいる。世界平和への「希望」を抱きつつ、芸術家村山が祈るようにして、この画を描き上げたことを私は知っている。(佐藤弘弥)

 うら若きノーマ・ジーンの瞳より夢と希望の華の萌ゑたつ   ひろや
 源義経と奥州平泉を描く

永訣の月
義経一ノ谷へ(馬上の閃き)
藤原清衡の夢
勇者の蓮(中尊寺蓮)



2006.1.28 Hsato

義経伝説HP